ヤドリギ
講座でヤドリギを描き始めたことをお伝えしましたが、残念ながら途中で挫折してしまいました。
念入りにデッサンを準備していたので、突然気持ちが離れてしまったことに自分でも驚いています。
依頼や展覧会などで締切があると「気持ちが離れた」なんて悠長なことは言ってられないのですが、どうやら具体的な目的がなかったことであまり真剣に取り組めていなかったようです。
長引くコロナ禍で、なんとなく無気力になりつつあるようにも感じます。あるいは、内心タコノキを描きたかったのかもしれません…。
植物画の作品には、意外にも作者の細かな感情が表れてしまうものです。そして作品の魅力を左右しているのは、知識や技術よりも「作者の真剣さ」だという実感があります。
作者が何に感動したのかが作品に表現されることで、実物の植物に新たな付加価値が与えられると感じています。
科学的な植物の説明図であればそういった付加価値は必要ないはずですが、私たちは機械的に記録された植物を見たいわけではありません。おそらく、生身の人間の目を通して見た、誰かが感動したその軌跡を辿ることで心が動かされるのだろうなと思っています。その軌跡には、例えば植物とは関係ないような作者のこれまでの人生経験や価値観なども色濃く影響するだろうと想像しています。
受講生の方々からいただくご質問の中で上記のような内容に関連するエピソードをお聞きしましたので、もし答えになっていればいいなと思うのですが…、まずは制作に挫折した自分自身のケアが必要そうです。
バラバラと音を立てながら落ちていくヤドリギにも、申し訳ない気分です。
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